プロローグから抜け出そう

元うつの話題みぎひだりの千鳥ちゃんの落書きノート

ときのながれ

 

こんばんは。すてきなあなた。

 

こうして書いているときに、存在するか分からない読者に挨拶すると不思議な気分になります。

 

というのも、このブログを書きはじめたのは去年の今頃でしょうか。

当時はまあ、いろいろあって無職でしたね。

働くこと=身も心もボロボロにする対価としてお金を得る

という認識になっていた私は、どうにか働かずにお金を得られないか考えました。

 

自分の強みってなんだろうと考えた時に、

「………………文章力?」

と思いついてしまったので、ブログで稼げないかと。

一応あの病気から生還した訳ですし、がんばったらちょっとした小遣いくらいにはなるのでは……?と思ってこうなったのです。

 

 

だから、最初は、

“相手(読者)あっての記事”

というのを意識して書いていました。

 

でも、書いているうちに、自分のために書いているような話ばかりになってきて。

実際、なんどもここで一人で語ることで、救われてきたのです。

 

そして今から、完全に自分のために文章を書きます。

そんなんならメモ帳でやれよって話ですけど、

もしも誰かが読んで何かを思ってくれるのなら、

少しでも何か考えてくれるのなら、

私は嬉しいです。

 

 

今日のテーマは、「時」にしましょうか。

 

時間ですよ時間。

れっつごー。

 

 

時の流れが怖い

 

自分で書いた小説を(完成未完成問わず)読み返すと、かなり「時」というものに縛られているというか、時間の流れを恐れているような何かを感じます。

 

終わりのない永遠を求めるが故に前に進めなかったり、

ハッピーエンドの瞬間で世界を止めてしまおうと目論んだり、

所謂「サザエさん時空」を叶えるためなら死すら厭わなかったり、

 

やたら未来を恐れている感じがするのです。

ど、どう考えても筆者の何かが反映されているのですよね……。

こういう系のテーマで書きはじめると高確率で頓挫するのですが、

それでも何度でもこういった話を思いついてはプロットを作っています。

毎回完結させられればいいのですが、できない。

そして繰り返す。

筆者自身が答えを見つけていないのだから、登場人物たちを導けるはずがない。

もちろん、筆者が分かっていないなか、登場人物に教えられることはあります。

でもこのテーマについては分からないんです。できない。書けない。

私はいったい何故、こんなことをしているのだろう……。

 

 

単純に死が怖い説

 

人、というか生き物のほとんどは生まれた瞬間、死までの時限装置を背負わされるわけで。

私もまあよく死にたい死にたい言っていましたが、あの「死にたい」は訳すと「なんの不安もなく安心して幸せに暮らしたい」なので、自分の心臓を止めることを本気で願っている訳ではないのです。大抵の人はそうでしょう?

 

生き物のほとんど、と先ほど記述しましたね。

というのは、無性生殖の生物は寿命がないらしいのです。

だって、細胞分裂で増えるわけですから。クローンがいっぱいいるななかで、その中の一個体が死んだとしても全体から見ればまだ生きている訳じゃないですか。

老衰という概念はないみたいです。。(生物学者じゃないので詳しくはないですよ)

 

わたしたちは、個体差というか……多様性を得たことと引き替えに、永遠の命を失ったと言える……(と私は思います)

私という人間は世界に一人しか居ない。故に、ある一定の期間しか存在できない。

当たり前のことなのに、ずっと考えているとものすっごく怖くなることがあるんだ。

だから、慰めるように永遠を求める話を作ろうとする。

そして失敗するんだ。

 

 

今日の日記

 

突然の語りパート(※パート分けしなくても全部自己語りブログ)

今日の出来事です。正直、これが書きたくてパソコン開いたまであります。

 

 

祖父が入院したと聞いたので、お見舞いに行くことになりました。

一週間ほど前にそれ聞いたとき、私は事態を甘く見ていました。

 

笑ってもいいですよ。私は本当に馬鹿ですから。

「nemoliyの花嫁姿を見るまではじいちゃんは死なないからな」

という言葉をほんっっっ気にしていたのです!!!!

どういうことか説明しますとね、

(いろいろ難があり過ぎて)恋愛音痴な私がいる限り、おじいちゃんは不死身だ!!やったあ!!

って思っていたんですよ。やばいですよね。

 

……この思考回路がマジでどうしたら生成されるんだろう。

生物学的に自分の脳に興味が沸いてき、、ってそんなことはどうでもいい。

 

かるーい気持ちで面会に行くと、

そこには以前の面影もないほどに衰弱した祖父がいました。

末期の、ガンでした。

 

手を振っても私のことを認識しているのか分からないほどでした。

耳があまり聞こえないから大声を出そうにも、大部屋の病室ではそれも叶わず……。

慌てて紙に太いマジックで自分の名前を大きく書いて見せました。

 

「うれしい」

掠れていて、とてもゆっくりの声。

でも確かに、本気でそう思ってくれているのが私の全身にダイレクトに伝わって。

 

涙があふれていた。

 

未だに自己肯定感が低めなのもあるのですが、

自分なんかに会えて喜んでくれる人がいるのかって、驚いちゃったのです。

もうこの文を打ちながら涙と鼻水が止まらないよ。

 

私が私を大切にしていなくても、

私を大切に思ってくれていた人がいた……。

 

気づくの遅すぎない?

泣くなら自分の愚かさに泣いてよ。

 

同時に、何度も死にたいと思ったことを心の底から後悔した。

未遂とかは別にしていないけど、想像では何度も自分を殺していた。同罪でしょう。

 

ああ、もうやだどうしようどうやってこの記事終わらせよう……

 

 

だからって前に進まない訳には行かないでしょう

一人だけ時間を遡り続け、最後には生まれる前の世界へとたどり着く(存在しなくなるという点では死と変わらない)という小説を読んだことがあります。残念ながらタイトルとかは覚えていませんが。。

 

泣こうが喚こうが金を積もうが……時計が逆に回ることは絶対にない訳で。

私も、好きな人も嫌いな人もいつか絶対死ぬ。ひどいネタバレだ……

 

 

 

「失うのが確定しているのなら、最初から何も得なければよかった」って、本当でしょうか。

ねえ、本当なの? それは。

違うと言いたい、違うと言わなくてはならない。

もっと言えば、それを否定する力がある程の説得力を持った人生にするのが、

生きる意味なんじゃないかな。

 

と、まとめてみる。

 

 

おわりに

 

まとめ方が雑。

どれぐらい雑かって、まとまらない適量のはずのパン生地を良くこねることなく牛乳通過して強制的にまとめたつもりがしゃびしゃびになっただけ、みたいなくらいに雑(例えも雑)

 

 

私だって傷心するんだよおおおお

自分以外の人間の前では弱い所を見せたくないって思うけどさ、

傷心するんだよおおおお!!!

 

ガン保険売らされて売ってた私も全然ガンの知識なくて我ながら引いた。

ステージⅣって言われて、10段階中の4かな??とか思ってた。

(ガンのステージは0から4の5段階です)

馬鹿だーー僕は馬鹿だ。

 

 

もういいや、僕はただ泣きたかっただけなんだ。

泣けたからいいんだ。

 

ずっとさ、後ろを見ながら引きずられるように未来に進んでいる感覚はあったんだ。

楽器始めてからその感覚は薄れつつあるけれど。

 

 

 

 

どうか、みなさんは僕のように「自分を大切にしなかったことを後悔する人間」にはならないでください……

そして、私だってこっからなんとかできると信じてやるしかないのです。

スタートラインなんて気が向いた時に足元に書いちゃえばいいんです。

 

 

それでは。