プロローグから抜け出そう

元うつの話題みぎひだりの千鳥ちゃんの落書きノート

存在のLICENSE

 

こんにちは。やさしいあなた。

 

ブログを開設してから一週間が経ち、

はてなの市民権を獲得いたしましたnemoliyです。

よく分かりませんが、できることが増えたようです。

 

それにしても、毎日欠かさず1、2記事を投稿していますね。

離職の身のなせる業です。未来の自分が振り返った時、こんな遊んでばっかりの自分がいてよかったと思ってくれるのでしょうか……。

 

 

 

さて、今回のテーマは、「ここにいても良いという許可」について考えて行きたいと思います。

自分がそこにいてもいいという許可。

ちゃんとした名称があるのでしょうか? ごめんなさい、あまり詳しくないもので。

 

 

思えば、社員証や学生証もそうですよね。

面接で採用されて、社内で働くことを許可される。

受験で合格して、そこで学ぶことを許可される。

 

「立入禁止」、なんて文字があるエリアにも、許可証を持つ人なら入れます。

 

 

さて、今の私はどうでしょう。

前の会社の社員証は突き返して来たので、もうそこにはいられません。

ぎこちなく笑う、入社前の不安と期待の証明写真の私が刷られた小さなカードでしたが、今思えばすごく重みのあるものだったなと、振り返っていました。

 

 

誰が今の私に許可をくれるのでしょう?

いま、ここ、自宅にいられるのは、一応不動産屋の審査をクリアし、毎月家賃を払っているからですね。

お金を払っているから、ここにいられる。

 

でも、お金が払えなくなったら……?

 

今はまだ、失業保険と貯金でなんとかなっています。もっとまずくなれば、生命保険を解約して、その返戻金も使ってしまおうと思っています。

 

っていうか、自分がここにいられる理由がお金だけって悲しすぎません!?

と、いう訳でこの悲しい気分をなんとかしたくてキーボードをたたきます。

さあ、どんな記事になってしまうのでしょう。

 

 

 

なぜいきなりこんなことを考え出したのか

というのも、離職して2か月半経過。

あたまおかしくなりそうです。

こんなにも就職が難しいとは……20代だからいけると甘く見ていました。

 

応募ボタンを押したら自動返信メールが来て、その後音沙汰なしの会社。

書類を送ってみたら二週間後の忘れた頃にお祈りメール(不採用通知)。

面接で和気あいあいとした雰囲気で話せて、これならいける!と思い、ずっと電話を待っていたらだいぶ前にすでにお祈りのメッセージが来ていた。しかも二社分のメッセージが。

眠れば見る悪夢。夢の中の面接会場で「君みたいのが社会の役に立つわけないだろ!」と面接官に怒鳴られる。

 

もう、やる気もなにもないです。

もともといじめとうつで仕事を辞めています。夢あふれるきらきらしたした理由で転職活動しているわけではありません。

 

 

誰も、私に許可をくれません。

幸い、自殺願望はないです。昔はありましたが……。もううつは卒業したので大丈夫です。

ま、まだあわてるような時間じゃ……、ない……(震)

あと一回失業保険の支給が受けられるし……

 

 

優しくされると悲しくなる

死にたくないからには頑張るしかありません!

そう決めたのなら徹底的に生き延びます。

 

とりあえず一人でネットで応募するスタイルを一度やめてハロワへGO!

職業相談を申込み、50代くらいの女性の相談員さんと面談をしました。

最初は、履歴書と経歴書の添削をお願いしました。

そして、特に問題はなかったみたい。一応文章にはちょっぴり自信ありですし。

 

そこで、仕事を辞めた経緯、今まで自分がしてきた就職活動内容、生活(一人暮らし)の事などを話します。

どんなふうに伝えたか忘れてしまいましたが、多分この記事のような形だと思います。

 

nemoliy.hatenablog.com

 

すぐ泣きます私。

人前で泣くのはほんっとに嫌なのに、勝手に泣いてしまうのです。

私の涙腺は、私の意思を尊重してくれないのです。

きっと、感情>>>>>>>>>>>>意思 くらいの設定で稼働していますね。

 

そこで言われたアドバイスが、

もっと自分を大切にしたほうがいいですよ

取り繕うのではなく、そのままでアピールした方がいいすよ

 

ここハロワなのになんかもうただのメンタルのカウンセリングです。。

 

さらに、

「よく一人で頑張ってるね。私の娘なら抱きしめてあげたいわ」

 

 

え?

がんばって、る……? 落ちてる、のに?

前職、続かなかったのに……?

 

嬉しいけど、とっても変な気分です。

0点のテストを持って帰って来たのに、なぜ、労いの言葉をくれるのでしょう?

そんな感じです。 

 

抱きしめる、とは

えっとえっと、最後に抱きしめられたのはいつだろうか?

ぬいぐるみなら毎日……ってそうじゃない。

彼らは抱きしめてはくれない。私が勝手に抱きついているだけで。

 

お母様に抱きしめられたのって、記憶が正しければ、小学校低学年くらいの時に自分から抱っこして―とせがんだのが最後だと思います。

それ以外も、自分から、だったような。

少なくとも、小学校高学年以降はないです。手を繋ぐ、とかも同時期くらいが最後。

っていうか、身体が触れ合うのがほぼなかったな……。

これって、普通ですかね? 

 

さあさあさあ、分からないことは調べましょう!

prtimes.jp

 

 ハグをされている子どもの約90%は、同年代に比べて、ココロとカラダは健やかに育つ傾向に

 

ちょっ、これ、逆もまた然りとかそういうことにならない!?

「私が証明です!」みたいになっちゃってるよ!

 

 

自分がダメなのをあんまり親のせいにしたくないんだよなあ……。

だって、人のせいにしてても始まらないじゃないですか。

自分が悪いことの全責任は自分にあるような気がしてならない。

別に虐待されてないし、私が勝手に出ていくまでは食べさせてもらっていた訳だし。 

 

大変残念なことに、ハロワでそれを言われてからもう寂しくて仕方がない。

恋愛なんて高度なことができるわけありません。その、恋愛的に好きにならなくていいから、

 誰か、私にここに居ていいと言って。許可を出して。

 

 

どうしてこうなった

 

woman.mynavi.jp

 

上にリンクを貼ったこの記事では、誰かに抱きしめて欲しいと思う心理を解説しています。

 

「ここにいていいよという許可」というのは、基本的に幼少期に母親からもらうものです。

母親の無条件の愛によって、子どもは「どんな自分でもここにいていいんだ!」と感じるようになります。

 

ほ……、ほう。(やっぱりそうなるの?)

 

ただ、もし、最初の「母親からの許可」がもらえてないとすると、その後に続く学校の友だちや、大学の仲間、会社の同僚からの許可ももらえないと思ってしまいます。

 

「自分を産んでくれた人ですら、ここにいていいという許可をくれないのに、なぜ他人がくれるのか?」と疑ってしまうのは、わかる気がしますよね。

 

あかん(圧倒的危機感)

 

 

どうすりゃいいんだ!!(記事のオチがつけられない)

 

あっ、そうだ。ここまで読んでくれたやさしいあなたなら思うかもしれません。

実家に帰って甘えればいいじゃんと。

現実世界でもよく言われました。これ。

でも、

……できません! 絶対に嫌です!

私の家では、各自が各自で自分の面倒をみるスタイルでした。

悲しいことがあって泣いたとしても、自分で解決しなければ。

ある意味平等な世界だったのかも? 誰にも頼らないなら、貸し借りゼロです。

今振り返って異常だと思うのは、一人だけ得をすることも許されない世界でした。

友達からもらった友チョコも、家族に平等に分けなければいけませんでした。

……うわ。家やばすぎです。そりゃ娘がこんなんなんになるわ!

 

相談して頼るということは、頼った側だけが得をする気がして。

頼られた側が、損する気がして。

 

いや、だからお互い助け合うんじゃないの? と思いますよね。

私だって分かっています! でも、できないんです。

やり方が分かんないから。

そりゃ頼られたら助けますよ? でも頼り方は知りません……

 

オチがつけられない

今まで書いてきた記事の中でも、最悪の出来です。

前向きになることができませんでした。なんだこの見出し……。

 

原因を探ったところでどうしようもないのですが、やってみたらやっぱりどうしようもありませんでした。

 

まあ、これはあれです。

twitterでもよくあるような、病みツイートみたいなものです。

いつもキラキラハッピーな文は書けないんです。

 

病みツイートは見た人を不快にさせてしまいますが、本人的には書いて吐き出してちょっとは楽になれるそうですよ。

カタルシス効果ってやつですかね?

 

でもちょっとこれはさすがにどうしたらいいかわからない。

 

アドラー心理学で、例え過去がどうあろうとも、これから先どうするかは全て自分で決められるという考え方があります。

あんまりねちねち昔とか原因とか考えずに、あたまからっぽにしてどんな未来にしようかわくわくしていた方がお得ですね。

 

最後に、私が壁に貼っている自作の名言(?)を書いておきます。

 

 

「自信も成功体験もなくていい。でも、勇気だけは絶対に手放すな!」

 

 

それでは。